その28

 

 

 

 

(うわ、暑い! )

冷房が効いたホテルのロビーから、直射日光を遮るものが何も無い表通りに連れ

出された芳弘は、想像以上の暑さと湿気に閉口する。そんなひ弱な少年の心情を

斟酌することも無く、少年の手を引いたまま横断歩道を渡り終えた彼女は、ホテ

ルの目の前の雑居ビルの1階の喫茶店に乗り込んだ。モーニングサービスはとっ

くに終わっているが、ランチタイムまでには、まだ間があることからガラガラな

店内をぐるりと見回した彼女は、奥まった四人掛けのボックス席に芳弘を連れ込

んだ。

「アイスコーヒー 2つ」

お冷やとお絞りを持って来たウエイトレスが邪魔なのか? 邪険な物言いで追い

払うようにアイスコーヒーを注文した女性は、改めて対面に腰掛けた芳弘を睨む。

(どう見ても、見つめるって風情じゃ無いよね、これって睨まれていると思う。

でも本当に智代先生に雰囲気は似ているよなぁ… まさか? 親戚?)

無言のまま美貌を上下させて、少年の事を頭の天辺から胸元まで睨み倒したあと

で、ようやく茶髪の美女は口を開いた。

「まず自己紹介するね、私は山口由梨江、今日、あのホテルでキモオタのデブ野

 郎と結婚する山口智代の妹よ」

理由も知らされず、いきなり腕を掴まれてホテルから引っ張り出され、この喫茶

店に連れ込まれたので混乱はしたが、それでも彼女から智代の面影を強く感じた

少年に驚きは小さい。むしろ自分の想像があたっていたと思った芳弘は心の中で

満足していた。

(それにしても、キモオタデブって… 前澤先生もえらい言われ様だな)

サド科学教師の外見を見事に言い当てるミもフタも無い台詞に、思わず少年は苦

笑する。

「ほら、笑っていないで、アンタの名前は? 自己紹介くらいきちんとしなさい

 よ」

外見はどことなく優しい女教師を彷佛させるが、どうやら中身はまったく異なる

鉄火肌の妹の厳しい言葉に驚きながら、芳弘は自分の立場を説明し始める。

 

「あの、僕の名前は新田芳弘です、この春で高校の二年生になりました」

「そんで、アンタはどっちに招かれた客なの? トモ姉? それともキモデブオ

 タ? 」

少し身を乗り出した美女が眉を顰めて睨むから、芳弘は落ち着きを失う。

「あっ、その、山口先生から御招待を受けて、それで今日、ここにいます」

「ちっ! そうなんだ。あのキモデブの方じゃないの。でも… 」

由梨江と名乗った美女は怪訝そうに彼を睨む。

「なんでトモ姉はアンタを式に呼んだのさ? アンタだけでしょ? 呼ばれた生

 徒は? 」

(うっ… この人、結構鋭いぞ)

由梨江の迫力有る追求を受けて、芳弘は気を引き締める。

「それは、その、まず山口先生は僕のクラスの担任で、その上、僕が所属してい

 る文芸部の顧問も務められていて、だから、クラス代表兼、文芸部の代表とし

 て呼んで下さったんだと思います」

いささか苦しい言い訳だが、おそらく否定する材料を由梨江が持っていないと予

想した芳弘の思惑は適中した。

「ふ〜ん、そう言うことか、なるほどね」

タイミング良くウエイトレスがアイスコーヒーを運んで来たから、ここで二人の

会話は途切れて、お互い無言のままコーヒーにミルクとガムシロップを注ぎ込む。

 

「んじゃ、あのキモデブ野郎との関係は? 」

ストオローを使いカラカラとグラスの中に浮かぶ氷を音を立てて掻き混ぜながら

由梨江が問いかける。

「あの、それって前澤先生の事ですよね? 先生は科学の授業を受け持っておら

 れますが、僕はこの春に2年生に成ってから初めて前澤先生の授業を受けるよ

 うになったんです。正味、3ヶ月程度しか授業を受けていないので、前澤先生

 のことは、よくは知りません」

あげ足を取られぬように、慎重に言葉を選びながら少年は憧れの女教師の妹の問

い答えた。

「あんなキモデブ、先生なんて敬称は贅沢よ。でも、なんであのデブは自分の親

 しい生徒を式に呼ばないの? アンタだけって、少しへんよ。担任の生徒でも

 、部活動で顧問を務める生徒でも、いくらでもいるでしょうに? 」

またまた問題が微妙な所に立ち戻ったので、芳弘は緊張する。

「あの、そう言ってはナンですが、前澤先生って、ちょっと変わった先生で、担

 任のクラスも持っていないし、部活動の顧問も全部断っているみたいなんです」

「あ〜〜、なるほどね、分かる分かる。アイツ、変な奴だもんね。あんなキモデ

 ブを慕う生徒なんているわきゃ無いか? だから生徒のひとりも式に呼べない

 んだろうね」

前澤とも親しいと言うか、裏では共犯者的な立場にある少年は、表立ってサド科

学教師の弁護は控えるべきだから、曖昧な笑みを浮かべてストローを口にしてよ

く冷えたアイスコヒーを啜る。少年の苦笑を同意と解釈した由梨江は、あらため

て顔を引き締めて芳弘を睨む。

 

「ねえ、アンタ、あのキモデブに関して、なにかヘンな噂を聞いた事は無いかし

 ら? 」

「ヘンな噂って… 何の事ですか」

いきなり問題の核心に踏み込んで来た問いかけに、芳弘は驚いた。

「なんでもいいのよ。お金に汚いとか、依怙贔屓がひどいとか、遅刻欠勤ばっか

 りだとか、女子の生徒を嫌らしい目で見ているとか、風俗通いが頻繁だとか、

 とにかく、そんな感じの噂を聞いたことは無いかしら? 」

「えっと、そんな話は聞いた言ないですよ、あの前澤先生に何か問題があるので

 すか? 」

何を何処まで知っているのか分からないから、芳弘は賢明にも質問で切り返す。

「いや、それが知りたいからアンタをここまで引っ張ってきたのよ」

眉を顰めて由梨江がこぼす。

「ねえ、アンタ、この結婚、どう思う? 」

「どうって? どう言う意味ですか? 」

ちらりと横目で窓越しに結婚式が行なわれるホテルを睨み、由梨江が忌々しそう

に口を開く。

「どう見たってヘンでしょう? トモ姉と、あのキモデブが結婚だなんて」

ホテルを睨むのに飽きたのか? 茶髪の美女は振り向き少年を見つめる。

「トモ姉には前に3年近く付き合った別の彼氏がいたの。大学時代の先輩で外資

 系の銀行員だったのよ。背が高くてスラっとしたイケメンで、ああ、この人な

 ら義兄さんて呼んでもいいかな? って、思っていたのに… 」

テーブルの上に乗せた握り拳を震わせて由梨江が慨嘆する。

 

 

 

 

 


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